『 きみの名は ― (3) ― 』
とたとたとた〜〜〜〜〜
「 タクヤお兄さ〜〜〜ん !! 」
「 ・・・ え ・・・ あ。 」
甲高い声と賑やかな足音で タクヤは < 外国の海岸 > から帰還した。
あ ・・・ こ ここ・・・?
! いっけね〜〜〜 フランちにお邪魔してるんだっけ・・・
「 おや ・・・ 宿題は終わったようじゃな。 」
「 え・・・あ そ そうですね 」
タクヤは慌てて相槌をうつ。
「 ほっほ ・・・ 疲れたでしょう? ウチの前の坂は・・・ 」
老博士は少々ぼ〜〜っとしていた ( 妄想に浸っていた! ) 青年に暖かい眼差しを
向けてくれる。
「 あ いや そんな 」
「 チビ達はへっちゃらですけどな。 ワシもなあ〜 あの坂を上れなくなったら
オシマイかな〜 と思っとりますよ。 」
「 え 先生はスゴイです! あの ・・・ 怪我の後遺症で悩んでいる仲間、
多いんです。 あの〜〜 開業とかなさらないのですか? 」
「 ははは このトシではねえ 〜〜〜 ま 技術提供させてもらっていますよ。 」
「 コーヒー、淹れましたよ〜〜〜 」
この家の若主人が 少々危なっかしい手つきでトレイを運んできた。
「 あ ありがとうございます。 」
タクヤはさっと立って受けとろうとしが 若主人は巧にかわしごく自然な風に
テーブルに置いた。
「 先生はほっんとうにすごい名医ですよ! 」
「 いやいや 君の若いチカラに勝るものはありませんな。 」
「 博士は形成外科などに 義手、義足の開発に協力しているんですよ。 」
「 ぎしゅ? 」
「 はい。 事故や病気で手や脚を失ったり機能を喪失してしまった人に
補助となる人工のモノを作成するのです。 」
「 あ ・・・・ あ〜〜 パラリンピックの選手とかの・・ 」
「 あ〜 あれは特殊ですなあ〜 ワシが協力しているのは ごく普通の人々用です。
ごく普通に歩き 当たり前にモノを持つ その手足ですよ。 」
「 すご ・・・ い 」
「 ははは まだまだですなあ〜 どんなにワシらが工夫しても
やはり 生身の ・・・ いや 人間の本来の肢体に敵うものはありません。 」
「 へえ・・・ そうなんですか?? 人工手足ってすげ〜強そうですけど 」
「 なによりも強いのは 君らがもって生まれた身体ですな。 」
「 ふうん・・・ あ す すいません、なんかちょっと感動です〜〜
」
「 大切にしなさい、とびきり健やかで鍛えた君の身体を ね 」
「 はい。 」
バタン。 とうとう待ちきれない双子たちが リビングに飛び込んできた。
「 タクヤお兄さ〜〜〜ん !! 海 いこ! 」
「 お兄さ〜〜ん うみ〜〜〜 」
「 あは 二人とも宿題は終わったのかな〜 」
「「 おわったあ〜〜 」」
「 すいません、よかったらちょっと付き合ってやってくれませんか?
下の海岸まですぐです。 チビ達 君がくるのをとって〜も楽しみにしていたんで 」
「 あ 俺でよかったら 」
「 ありがとう。 ご案内しますよ 」
「 ありがとう タクヤ。 ごめんなさいね〜〜 」
「 いや 俺 海とか久しぶりだから・・・ 楽しみだな 」
「 タクヤお兄さ〜〜ん いこ〜〜〜 」
すぴかが飛んできて タクヤの腕を引く。
「 僕も 僕も〜〜 お兄さんと〜〜 」
反対の腕に すばるがくっついた。
「 ほらほら 二人とも? ゆっくりタクヤ君を案内してあげなさい。
すぴか、近道しない。 すばる〜〜 ぶら下がらない! 」
「 はぁ〜〜い タクヤお兄さん、ホントはね〜〜 ざざざ〜〜って横っちょから
草のあいだからだとはやいんだけどぉ〜〜 」
「 ぶっぶ〜〜 ちゃんとふつ〜の道 いくんだよ〜 」
「 わかってるも〜〜ん こっちよ〜 」
「 あ は それじゃ・・・ちょっと 」
「 あ タクヤ、ちゃんとコート、着ていってね。 海岸は寒いわ。 」
「 サンキュ。 さあ〜〜 行こうか〜〜 すぴかちゃん すばるくん 」
「 わあい〜〜 お父さんも〜〜 はやく はやくぅ〜〜 」
子供たちに両側からくっつかれ タクヤはギルモア邸のすぐ下の海岸に降りていった。
ザザザ −−−−− ・・・・・
明るい二月の光に 波が陽気に踊っている。
「 うわ ・・・ あっかるいなあ〜〜 」
「 え〜〜 海ってこんなカンジよ〜〜 タクヤお兄さん 」
「 そうなんだ? 海に来るのって久しぶりなんだよ、すぴかちゃん。 」
「 お兄さんち、海からとおいの? 」
「 あ〜 そうだね〜 プールとかで泳ぐことはあるけどね 」
「 ふ〜ん つまんないね 」
「 そうだねえ ・・・ ちょっと海に入ってみようか? 」
「「 だめ。 」」
子供たちは声を揃え真剣に否定した。
「 なつ で みずぎ で お父さんかお母さんが泳いでいい っていう時だけ! 」
「 こどもだけで なみのとこにいったらぜったいにだめ なんだ お兄さん 」
「 あ そうだね〜〜 」
う〜〜ん さすがフラン 〜〜
しっかりシツケてあるんだなあ ・・・
「 海に遊びにきてもいいけど、ぬれてないとこだけ。 」
「 そうだね うん。 」
「 あ お父さん〜〜〜 」
子供たちの父親が 大きな箱を抱えてやってきた。
「 ほら〜〜 すぴか お茶だよ すばるは ホット・ジュース
山内クン、 熱いコーヒー どうですか 」
彼は保温箱から次々と温かい飲み物を出してきた。
「 あ すいません ・・・ ふう〜〜 結構冷えるから ウマい〜〜 」
「 でしょう? まだこの季節は寒いですよ。 」
「 アタシ〜〜〜 おしろ つくる〜 」
「 僕 とんねる〜〜 」
子供たちは 砂遊びを始めた。
「 なんだ〜〜 お前たち 山内君を案内するんじゃないのかい 」
「 あ いいです、俺 ここで海眺めてすご・・・気分いいです 」
「 ヒトがいないのが取り柄・・・の田舎ですけどね
景色と空気は自慢できます。 」
・・・・ ジョーとタクヤは なんとなく黙って海と子供たちを眺めている。
「 ・・・ あ あの ・・・ ?
」
タクヤはしばらく躊躇ってから 口を開いた。
「 あ〜〜 その〜〜 フランソワーズ ・・さんとは海で出会った、って。
ギルモア先生が ・・・ そうなんですか? 」
「 え? ああ うん。 ぼく達は 海辺で出会ったんだ。 ここじゃないけど ・・・
彼女の家族? 両親はもう亡くなっていたし お兄さんが一人いる。 」
「 そ そうなんですか パリでのこととか バレエ学校時代のこととか・・・
ご存知ないんですか? 」
シツレイかな〜 と思いつつも タクヤは尋ねることがやめられない。
ジョーは 別に気分を害した風でもなく 淡々と返事をする。
「 ぼくは ― 出会うまでのカノジョのことはほとんど知らないよ。
べつに 知りたいと思わない。 」
「 あ はあ 」
「 問題は ずっと一緒に歩いてゆくこれからのことだろ? 」
「 あ ― そ そうです よね 」
「 それまでが誰であろうと ― ぼくにとって大切なのは フランソワーズ自身 だ。」
「 ― そうです よね
」
! ちっくしょ〜〜〜〜〜〜 ・・・・
カッコイイぜ〜〜〜〜 この旦那〜〜
う〜〜〜 かなわねぇなあ 〜〜・・・
「 ようし・・・ すばるクン すぴかちゃん! お城、作ろうぜ〜〜 」
タクヤは袖をまくり上げ 砂浜の子供たちの脇に座り込んだ。
「「 きゃい〜〜〜〜〜〜♪♪ 」」
甲高い歓声が 海の上に舞い上がった。
― フラン。 俺 チビ達の相手してるから。
ゆっくりあの記事 読みなよな ・・・
タクヤはちら・・・っと崖の上を見上げてから 泥んこ遊びに参入していった。
「 あの さ。 これ ― 彼の記事、 載ってるから。 」
子供たちと外に出る前、タクヤは一冊の古雑誌をフランソワーズに渡した。
「 ? これ・・・ ダンス・マガジン? あら・・・ずいぶん昔の? 」
「 あ〜 うん。 スタジオの <物置> から借りてきた。 」
「 うふ ライブラリー でしょ? マダムに叱られるわよ〜 」
「 ちゃんと 借ります届け 出してきたよ。 」
「 ・・・ ! これ W・・・ さん の記事 ・・・? 」
「 10年も前のだけど。 な。 いつか ― 一緒に踊りたいんだ。 」
「 ・・・・・ 」
「「 タクヤ お兄さ〜〜〜〜ん はやくぅ〜〜〜〜〜〜 」」
玄関で子供たちがじれじれしている。
「 いま ゆくよ〜〜 じゃ これ。 な? 」
「 ・・・ メルシ ・・・ タクヤ ・・・ 」
フランソワーズは俯いて 古雑誌を受け取った。
きゃ〜〜い〜〜〜 とんねるぅ〜〜〜
しゅっしゅっ ぽっぽ〜〜〜 とおります〜〜〜
うわっ くずれるぅ〜〜 うわっち!
風にのって楽しそうな声が リビングの窓からも入ってくる。
「 ・・・ ミシェル ・・・ ! 」
フランソワーズは そうっと そうっと 手にした古雑誌を捲り始めた。
忘れるはずなどない顔が 目に入った。
「 ああ ・・・ ああ アナタは夢を叶えたのね ・・・ ! 」
・・・ ねえ ミシェル ・・・ あなた ・・・
あなたの作品 踊って いい?
踊りたいの ― あなたと !
碧い瞳は いつしか海と空の彼方へと向けられるのだった。
「 ・・・ ああ 聞こえる ・・・ ああ見えるわ ・・・ 」
海の彼方に視線を飛ばしつつもいつしか耳に入るのは ―
靴音
― 稽古場の床に響くポアントの音 そして 床を蹴るシューズの音。
いつしか 感じ始めたのは ― あの匂い。
― 古い稽古場の艶のでた木の床と 浸み付いた皆の汗と涙のにおい。
ザワザワ 〜〜〜 カンカンッ!! あ〜〜 もうダメかも〜〜
ちょっと! 音、出さないでよ〜 そっちこそ! うるせ〜ぞ!
自習時間、 稽古場はとても < 賑やか > なのだ。
「 え〜〜 だってダンサーになるのを目指しているでしょう? 」
フランソワーズは 思わず声を上げてしまった。
「 そりゃそうだけど。 ぼくの最終目標は 振付師 さ。 」
「 最終目標 ねえ ・・? 」
卒業コンサートを控え慌ただしい季節、稽古場には緊張した雰囲気でいっぱいだ。
最上級生たちは 彼らの将来のために真剣勝負を控えている。
そんな中なので 彼女の声に気を留めた仲間はいなかった。
「 でも 勿論、プロのダンサーを目指すのでしょう? 」
「 ああ 今は ね。 けど いつか ― 僕の作品を降り付ける。 」
「 ふうん ・・・ ミシェルってすごいのねえ 」
「 どうなるかわかんないけど さ。 それで頼みたいことがあって 」
「 え … わたしに? 」
「 ウン。 君も忙しいと思うんだけど 」
「 わたしは まだ卒業じゃないからどうにでもなるわ。 」
「 ありがとう! 」
「 それで ・・・ ? 」
「 ウン ・・・ ずっと考えていた振りがあって。 踊って欲しいんだ。 」
「 え わたし に? 」
「 ウン ・・・ 」
「 わたしなんかでいいの? もっと上手なヒト・・・ マリアンヌとか
ソランジュとか ? 」
「 いや 彼女たちじゃダメだ。 僕のミュゼは ― フランソワーズ、君なんだ。」
「 ・・・ ミシェル ・・・! 」
ざわざわした稽古場の隅で 二人はじっと見つめ合った。
― 恋 ではなかった、 と思う。
踊ることへの愛、二人の想いの真ん中にはバレエがあった。
空き時間をひろって 二人は作品作りに取り組み始めた。
「 そこ ・・・ もっと引っ張って・・・ そう〜〜 そんなカンジ・・・ 」
アラベスク、バランス〜〜 を音いっぱいに続ける。
「 ・・・ ふぅ〜〜 ・・・ これで ? 」
「 そうそう いいカンジ〜〜 」
振り付ける方も 踊る方も 夢中だった。
「 いい振り ね。 わたし 好きだわ〜〜 」
「 嬉しいなあ 〜〜 ありがとう! 」
「 ふふふ・・ ね? テーマは 愛 ? 」
「 え ・・・ なんていうか ・・・ 想い人 かな。 」
「 ステキ! ねえ 誰のこと? 」
「 え ・・・? 」
「 こんな風に想われている方ってシアワセねえ〜〜 」
「 ・・・ いや その 」
「 ね? この作品、どこかで踊ってみたいわ! 」
「 自主公演とかできればいいな。 」
「 そうねえ わたし達はまだ学生だし・・・ なにかいい方法ないかなあ・・・
ちょっと兄に聞いてみるわ 」
「 お兄さん 詳しいのかい 」
「 わかんないけど・・・ 明日、帰ってくるから。 」
「 そうなんだ? じゃ 頼めるかい。 」
「 おっけ〜。 あ 明日はね〜 早起きしなくちゃいけないのよ 」
「 ?
なんで? 」
「
兄が帰ってくるでしょ、 駅まで迎えに行くの。 それじゃ また明日ね〜 」
「 ウン お兄さんによろしく〜〜 」
「 ええ じゃ また明日ね〜〜 」
ひらひら手を振り。
輝く笑顔を残し ― 彼女は 行った。
… 何処へ?
No one knows where … どこへいったか
だれもしらない
「 ご馳走さまでした〜〜 すいません 遅くまで 〜〜 」
「 ううん 引き留めたのはわたしですもの。 タクヤ、本当にありがとう!
子供たち 大喜びだったわね 」
「 あは 俺も楽しかったです。 ギルモア先生、本当にお世話になりました。
島村さん、お休みの日にお邪魔してすいませんでした。 」
タクヤは玄関で ぺこり、とアタマを下げ挨拶をした。
その日 < おねがい〜〜〜 > とせがまれ、晩御飯までご馳走になった。
「 それじゃ 駅まで送るよ。 」
「 あ いいです、俺 バスで帰りますから 」
「 いやあ〜 休日だとね、一時間に一本しかないんだ。 」
「 え あ ・・・ それじゃお願いします。 」
「 チビたちの相手して疲れただろう ありがとう。 」
「 いえ ・・・ 」
たくさんの笑い声と楽しくてオイシイ時間を過ごし 山内タクヤは家路についた。
― ふう ・・・ ああ いい日曜だったわ・・・
フランソワーズはリビングから空を眺めた。
藍色がだんだんと濃くなってゆく。 海の向こうからゆっくり月が上ってきた。
「 ・・・ あら お月さま ・・・ 空が透けて見えそう 」
薄い月は それでもほんのりと光を散らばせる。
きらり きら きら ・・・ 水面に光がゆれている。
「 お疲れですか オクサン
」
ふわり、と後ろから長くしなやかな腕が絡みついてきた。
風呂上がりの石鹸の香が フランソワーズを取り巻く。
「 ・・・ うふふ ・・・そうね、笑いすぎたかしら。 笑い疲れかな 」
「 あは そうかもな 」
「 美味しいお芋の食べ過ぎかも ・・・ 」
「 あ〜 確かに。 アレは本当にウマかったな〜〜
」
こそ・・・ まだ湿っている茶色の髪が彼女の項に振れる。
「 きゃ ・・・ くすぐったいってば ・・・ 」
「 アイツ ・・・ しゃくだけど なかなかなヤツだな 」
「 タクヤのこと? 」
「 そうさ。 ・・・ ちゃんと礼にくるってなかなかさ 」
「 そうねえ 彼 やさしいのよ 子供達の相手してくれて ・・・ 」
「 ふん ・・・ チビ達とたいして変わらないだろ〜〜 」
「 まあ 〜〜 うふふ・・・そんなトコもあるわね 」
「 だろ? アイツはまだガキんちょ さ。 」
「 もう・・・ ジョーってば 」
「 ― きみ は きみさ。
」
「 ??? なあに 突然・・・ 」
「 いや ・・・ きみはいつだって どこにいても。 そうさ 舞台で踊っていて・・・
白鳥や童話のお姫さまになっていても ― きみは きみだ。 」
「 ?? 当たり前でしょう? 」
「 うん そうなんだけど。 ちょっとさ〜〜 確かめて見たくなる時もあるんだ。 」
「 ふふふ ・・・ 可笑しなジョー・・・
今日は本当にありがとう。 タクヤ、とても喜んでいたわ。 」
「 ふふん。 ま な。 アイツなら ― きみのパートナーを任せられる かな。 」
「 ま〜あ ・・・ でもね 今のうちだけよ。 」
「 どういうことかい? 」
「 だって・・・ 彼はどんどん上手になってゆくもの。 いずれ・・・世界に出て
世界中の有名な舞姫たちが彼と踊りたがるようになるわ 」
「 でも ヤツはきみのパートナーだろ? 」
「 今は ね。 わたしはもう時代遅れのオバサンだもの。 」
「 ! そんなこと ! 」
「 いいのよ ジョー。 どんなに足掻いても ホンモノの天才、 生身のダンサーには
敵わないの。 ツクリモノは所詮、限界があるわ。 」
「 ・・・・・・・ 」
「 でもね だからって諦めているわけじゃないの。 わたし、わたしのベストまで
やってみたい。 」
「 うん! 頑張れよ〜〜 やっぱり きみは きみ さ。 」
「 ??? 」
「 ふふふ ・・・ アイシテル ってことさ、ぼくのオクサン♪ 」
ちゅ。 ジョーは真珠色の肌に顔を埋めた。
「 ・・・ んん 〜〜〜 もう ・・・ ・・・・ 」
冴え冴えとした月だけが 二人の愛の臥所を照らしていた。
「 え マジ、付き合ってくれるのか?? 」
タクヤは目を丸くしている。
「 ええ。 わたしも踊りたいの。 この方の他の作品もずっと興味があったのよ。 」
フランソワーズも真剣な顔で応えた。
タクヤが岬の家を訪ねてきた数日後 ― 自習用のスタジオで彼女が言ったのだ。
「 うわ〜〜お♪ いいねえ〜〜 俺さ、もうめちゃくちゃ踊ってみたくて・・・
ネットとかで検索しても映像で残っているのって少ないんだよね。 」
「 この前の・・・記事の作品って ・・・ あの ・・・ 」
「 『 想い人 』 だろ? 」
「 え ええ ・・ あれはソロ作品でしょ 」
「 ああ。 そうだね 」
「 だから 同じモチーフで パ・ド・ドゥ 作ってみない? 」
「 うお〜〜〜 それってすげ〜〜よな〜〜〜 あ でも いいのかな ・・・ 」
「 オマージュという形ならいいんだと思うの。 」
「 そうだよね! うわ〜〜〜〜 やろうぜ! で 音はどうする? 」
「 そうねえ ・・・ 」
たちまち計画は成立し 二人は創作を励むことになった。
レッスンの後、 リハーサルの合い間 ・・・ 空いているスタジオを借りて
タクヤとフランソワーズは 『 想い人 』 のパ・ド・ドウを作ってゆく。
「 あったんだ〜〜 これ! すっげ〜古いDVDがあった! 」
ある日、タクヤは得々として一枚のDVDを見せた。
「 え・・・ 『 想い人 』 の? ソロの部分、踊った人がいたのね 」
「 ウン、 でもな〜 随分昔でビデオだったんだ。 そこからDVDに移したんだけど 」
「 ・・・ 誰が 踊っているの? 」
「 オペラ座のダンサーだけど 有名なヒトじゃないらしい。
でもともかく 参考になる。 」
「 ええ そうね! 」
古い時代の映像は 不鮮明だったけれど ― 振付者の思いは十分に感じられた。
「 このソロに ・・・ 応えるパ・ド・ドゥ、作りたいな 」
「 タクヤ・・・! わたし も わたしも よ 」
「 お〜〜し。 そんじゃ始めっから練り直そうぜ。 」
「 そうね! ね ・・・ ソロの部分、踊ってみるわ。 」
「 おう、頼む。 」
雑音の多いDVDからの音をながし、 フランソワーズは踊りはじめた。
「 ・・・ これ は ・・・ ! 」
「 ? なに ・・・ タクヤ? 」
「 いや 続けて 」
彼女は 踊る。 遠い 遠い 時間 ( とき )を隔ててしまったヒトへ・・・
ミシェル … !
わたしは ここ
よ
そんな叫びが 彼女の踊りの全てから聞こえてくる。
そうだ そうなんだ。 これは想い出の中の女性( ひと )との踊りなんだ !
「 ここで こんな風に登場して さ 」
タクヤはごく自然に彼女の踊りに加わってゆく。
「 ・・・ ね 次 ・・・ リフトして。 〜〜 そう〜〜 ! 」
「 お いいねえ〜 そのまま〜〜 アチチュードできめて うん。 」
「 こう? 」
「 そうそう ・・・ 」
「 あ トゥ−ル・ザンレール 入る? あ いいわねえ〜 」
「 〜〜〜 想い人 へ ・・・! 」
ああ やっぱり。
フラン
君が 彼の 想い人 なんだな ・・・
タクヤは 振付家の心の叫びを 踊りつつ感じていた。
・・ なあ これが理解できるのはこの俺様 だけ なんだぜ?
フラン、君はいったい 誰なんだ? いや そんなことはどうだっていい
君は 僕のミュゼ ― そうさ! 君は
俺にとって最高のダンサー、
最高のパートナーさ!
俺はたぶん生涯 君以上のパートナーには 巡り会わないだろう
な …
フラン ― 魅惑のひと
俺の生涯の最高の パートナー
二人の創作は スクール・パフォーマンス で発表のチャンスを得た。
『
忘れ得ぬひと 』 というタイトルの小作品として二人は踊った。
客席で ジョーは博士と一緒に観ていた。
「 ・・・ なにか しみじみと心にくる踊りだのう 」
博士はしきりとハンカチで目頭を押さえている。
「 ・・・ ええ ・・・ フラン ・・・ 嬉しそうだ ・・・ 」
ジョーは静かに愛する人を見守る。
フラン。 きみのひとみは誰を見ているのかい
ああ そんなことはどうだっていいさ。
きみ は誰でもない、 ぼくの唯一無二な永遠の恋人 だ
フラン
いや 君の名はなんだって構わない さ
フラン
きみは きみだ。 ぼくの唯一人の愛する人 さ。
きみの名は ― 想い人
*************************** Fin. ****************************
Last updated : 03,01,2016.
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*********** ひと言 ************
生身の身体の強さって スゴイと思います。
ミュゼ とは ミューズ、美と芸術の女神サマです☆